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『挑戦を恐れるな!』 カンボジアプロサッカー選手 太田敬人 今回は、ARIGATO UNITED フットサルクラブで代表兼選手をしている太田敬人氏にインタビューをさせて頂きました。 簡単な経歴を教えてもらってもいいですか。 小さい頃からプロサッカー選手になることが夢で、2010年にタイでプロサッカー選手になることができて、縁があってカンボジアリーグでプレーすることになり、2011年から 2019年までカンボジアでプレーしました。その後台湾でプレーし、2020年からラオスのクラブでプレーする予定で契約していたんですが、コロナで行けなくなってしまって、何もできない状況でも何かできないかと思って、カンボジアでフットサルクラブを設立しました。それが今、僕が代表兼選手をしているARIGATO UNITEDです。 ではなぜ、そもそもカンボジアに来られたのですか。 タイでプロになった時は3部リーグだったんですけど、もちろんプロになれて凄く嬉しかったんですけど、選手としての認知度や評価に満足できなくて、どうしたらサッカー選手として価値を高められるかを常に考えていました。その結果、「まだ日本人選手がプレーしていない国でプレーして活躍すれば、目立つ。」という考え方になりました。それでカンボジアに来て、初年度で優勝できて、プロサッカー選手としての実感が湧いてきたのはこの時からでした。カンボジアは僕をプロサッカー選手として認めてくれた場所。この国にフットボールで恩返しもできたらなと思い、現在もこの国で活動を続けています。 では、小さい頃はどんなお子さんだったんでしょうか。 保育園の卒園アルバムの将来の夢の欄に警察官かサッカー選手になるって書いてたみたいです。当時、保育園のグラウンドで友人とサッカーをするのが好きで、楽しくてどんどんサッカーにハマっていきました。小学校、中学校もサッカー部に入って、県選抜にも入っていました。高校も強豪校に入学できたのですが、チームは全国大会に出場するものの、 自分はレギュラーになれず、このままではプロになれないと焦りを感じました。高校卒業 後は2年制のサッカーの専門学校に行くことにしました。プロとの練習試合ができる環境 だったので、自分がプロになるためには何が必要か常に考えていました。能力ではそこま で差がないのにどうして彼らはプロで自分はプロじゃないのだろうと。突出して上手いわけではなかったことと、アピールできる環境じゃなかったことが原因だと思っています。 その際に、日本人選手が少ない(希少価値がある)海外リーグであればプロになれる可能性 が上がるんじゃないかと考えました。その為に、まずは海外に行くための資金を貯めるために、三重県のアマチュアチームでプレーしながら仕事をして貯金しました。 その後どのような経歴を辿られたのですか。 三重で1年やった後にシンガポールにプロテストに行きました。そこでは実力的には通用するということがわかりましたが、外国人枠というのがあって、海外のプロの外国人選手と少ない枠を争って契約するというところについてはハードルの高さを感じました。結局、その時はプロ契約できずに帰国し、1年間石川県のアマチュアチームでまたサッカーと仕事をして海外挑戦の資金を貯めました。そしてまたシンガポールに再挑戦しに行きます。そこで知り合った人の紹介でそのままタイに飛び、なんとかプロ契約に漕ぎ着けました。 折れる瞬間などはなかったんですか。 なかったです。辛い時はたくさんありましたけど、サッカーで飯を食うことばっかり考えていました。実力的には通用すると思っていたので、プロクラブの関係者にどうやったらアピールできるかと、運が必要だと思ってました。タイで1部と2部のクラブを合計で7ク ラブほど練習参加して、ことごとくダメだったんですが、たまたまその時のテストマッチを元タイ代表選手のレジェンドが見てくれていて、試合後に声をかけてくれたんです。そのレジェンドの後輩が3部で監督をしているからそのチームでプレーする気はないかということでした。そのクラブで僕のプロキャリアはスタートしました。 カンボジアに来てからはどんなプロ生活だったのですか。 カンボジアリーグの1年目で優勝できたことが大きかったです。メディアにもたくさん取り上げてもらって、スタジアムを後にするときや街中でも声をかけられるようになり、 サッカー選手としての環境が変わりました。そこからこの国でもっとプレーしたいと思うようになり、サッカーでこの国に恩返ししてけたらと思うようになりました。 今後のキャリアプランを教えてください。 ARIGATO UNITEDをカンボジアで1番にすることです。実力はもちろん、クラブのビジ ネスモデルとしても1番を目指します。ほとんどのクラブがお金持ちの人の持ち出しでクラブを運営していますが、ARIGATO UNITEDはクラブでも事業を展開し収益化できる仕 組みを目指しています。そのうちのひとつとしてここのラウンジ(PENH Lounge & Bar) にも出資しています。選手の働き先にもなれる事業を行っています。カンボジアフットサ ルを僕達と一緒に盛り上げてくれているスポンサーと一緒にイベントをしたり、選手を雇用してもらったり、他クラブにはない独自の取り組みをしています。選手たちは20代前半の若手が多く、挑戦する気持ちが強い選手が多いです。将来的に選手たちも成長し、クラ ブも大きくなった時には誰もが驚くクラブになっていると思います。そして同世代の人たちに頑張れば、挑戦すれば道が拓けるということを少しでも感じてもらって、頑張るきっかけに繋がればなと思います。 太田さんが大事にしてる価値観はなんですか。 僕は好きなことをして生きていくということを大切にしています。僕の場合はフットボー ル (サッカー、フットサル) が軸になっています。プライベートも仕事もなるべくそこから離れないように意識しているかもしれません。好きなことであればより力を発揮できると思っているので。何より楽しいですよ。 最後に一言お願いします。 この記事を見てくださる方々に向けてですか? 偉そうに言えないですけど、挑戦を恐れるな! ですね。こうなりたいって思っていても、そこで踏みとどまってやらない人って結構いると思うんですけど、やってもいないのにその可能性を閉じるのは勿体ない。失敗しても、やり直すチャンスがたくさんあると思う。 僕はただ、諦めなかったから、フットボールを仕事にしていけているんだと思う。 全然満足できてないので、これからですけど。まだまだこれからも挑戦を続けていきます!  太田敬人 1987年生まれ。富山県富山市出身。 小学2年生からサッカーを始め、中学生の頃には県選抜に選ばれる。高校は県内の強豪校に進学するもレギュラーになれなかった。夢を諦めきれずサッカーの専門学校に進学し、 プロサッカー選手を目指す。その後海外挑戦したことが転機となり、タイで念願のプロ契約を果たす。その後プロサッカー選手としてタイ、カンボジア、台湾のプロリーグで計11 …