カンボジア活躍人
「Angkor ASKA Consultant 上田聖也 氏」

本日はプノンペンで町工場を経営しておられます、上田聖也(36)氏にお話を伺いました。

Angkor Aska Consultant社 社長 上田氏

<略歴>
上田氏は2005年に大学を休学してカンボジアを訪れ、日本語学校にてボランティア教師として滞在、カンボジアが好きになってしまい、そのまま大学を中退し、現地採用で日系製造業工場に就職してしまった変人です。以降10年以上カンボジア人と共に様々な仕事に携わり、親会社が撤退してからも、自分が育てたスタッフと共に町工場の経営者として、また在留邦人の先輩格として、アドバイザーとして活躍中です。

<会社紹介>
上田氏の会社は「Angkor ASKA Consultant」通称・飛鳥商会。
奈良出身の上田氏による命名との事ですが、登記の際にカンボジアの役人が勝手に名前を改訂し、コンサルタントが付けられてしまったそうです。本人としては不本意な社名とのお話を笑いながら語っていただきました。そのため、日本人相手には「飛鳥商会」で通しているそうです。
飛鳥商会が運営している町工場は、極小の樹脂製品の二次加工(研磨や組立てなど)を行っており、会社としてはその他にも日系企業の進出調査、法人登記サポート、ツアーアテンド、労務相談、スタッフ教育など、カバー範囲は多岐にわたります。カンボジアに進出する日本企業が求めるノウハウ、あるいは専門家との人脈を売りにしているとの事です。
コンサルティングが本業ではないので、クライアントの為に、敢えてマイナスの材料も挙げます。
「嘘を並べて進出して頂いても、クライアントにとってもカンボジアにとっても良い結果にはならない」、と上田氏は語りました。もっとも、その方針のせいか知名度は高くないとの事です。

Angkor Aska Consultant 社工場風景①

 

 

 

 

 

 

 

<ご本人の語るカンボジアでの歴史>
日系製造業がカンボジアに注目し始め、プノンペン経済特区がスタートし始めたころ、プノンペンの日系製造業の会社で、視察を受け入れ可能だったのは上田氏の工場くらいしかなかったそうです。多い時には日に数件、JETROや投資評議会を通じて視察があったとのことです。
それまでカンボジア人の労働姿勢や生産性に懐疑的だった日本人が、氏の工場の様子を見て進出を決意するケースが多かったらしく、視察を経て進出に至る割合は8割強だったとの事。日系製造業の投資ブームを支えた日本人の一人と言えるでしょう。
一方で上田氏が所属していた親会社は2013年に撤退を決定。それまでは100人のスタッフを雇用していましたが、大部分を放出し、15名程度のスタッフと共に独立を余儀なくされました。
親会社が赤字案件として切り捨てた事業を引き継ぎ、新規事業を模索し、アルバイトも含めて、現在もスタッフと共にしぶとく悪戦苦闘を続けているとの事です。ご自身は「敗軍の将」と述べておられました。
日系企業への就職意志などは無いのか質問したところ、「一度切り捨てられた事で、雇われる事に不信感ができてしまった」
「スタッフの人生を預かる以上、仕える会社は迂闊には選べない」との事で、ご本人に就職の意志がないわけではないが、スタッフ達の行く末には責任を持ちたい、とのお話でした。

<会社情報>
社名:Angkor Aska Consultant Co.,ltd.
業務内容:
– 金属部品の組み立て
– プラスチック製品のバリ取りなど整形加工
※少量もしくは短期間のトライアル承ります。
– カンボジア進出に向けた調査アシストも可能です
日本人常駐のため、日本語対応可能。