カンボジア 政治

(政治体制)

政体:国王(シハモニ国王)を元首とする立憲君主制。普通選挙にもとづく民主主義。

立法:二院制

上院:定数61、任期6年 人民党46、サム・ランシー党11、その他4

国民議会(下院):定数123、任期5年 人民党68、救国党55

行政:議院内閣制。首相の下に、閣僚評議会及び28省1庁。

首相:フン・セン(旧プノンペン政権下(1985年1月)から数え、30年間首相在職)。

    

司法:三審制。一般裁判所として州々特別市裁判所、控訴裁判所、最高裁判所があり、その他に軍事裁判所がある。2006年7月にクメール・ルージュ裁判特別法廷が設置。2007年11月までにヌオン・チア元国民議会議長、イエン・サリ同外交担当副首相、キュー・サンパン同国家幹部会議長といった元KR政権最高幹部を含む被疑者5人が逮捕・勾留されました。国王や最高裁判所が推薦する候補者が議長を務め、他の高級司法幹部を含む17人のメンバーである候補者の選択と任期を判断する。国王によって任命された両裁判所の裁判官、任命された最高裁判所裁判官、および憲法評議会の裁判官は9年間の任期に任命され、裁判所の3分の1は3年ごとに更新される。

地方:「首都/州」「市/郡/区」「村/地区」の3層構造。村/地区の議員は公選制。

 

(主な政党)

カンボジア人民党

フン・セン首相が議長、名誉議長はヘン・サムリン。成立1979年、社会主義思想が強い政党。1978年にヘンサムリンとフンセンがカンボジア民族救国統一戦線として結成し、1979年に首都プノンペンを陥落させた際にカンプチア人民共和国を成立。その際にカンボジア人民革命党を再建し、大きな力を持つようになった。1991年にはカンボジア人民党と改名し、パリ和平協定に参加。1993年の総選挙ではフンシンペック党が58議席に対し、51議席を獲得し、フンセンが第二首相となる。しかし両政党はことあるごとに対立し、1997年には武力衝突まで発展。だが、翌1998年の総選挙では人民党が64議席を獲得し、第一政党となった。

カンボジア救国党

2012年、サム・レンシー党(民主党)と現党首のケム・ソカ率いる人権党が合流して発足。サム・レンシー党は1995年結成の国民党がルーツで民主化の推進勢力。選挙では増勢であったが2017年に解党命令、人民党の独裁的な体制に対し欧米などから批判も。

フンシンペック党

前シアヌーク王系の王党派の政党で、一つの軍事組織として立ち上がったのが1978年であったが、1981年にはパリ和平協定にも参加。1992年に行われた総会によりフンシンペック党として正式に政党を創設し、1993年の総選挙では58議席を獲得し第一政党となり、党首ラナリットが第一首相に就任した。1998年の総選挙では43議席の獲得にとどまり、2003年では26議席などその後も獲得議席数を落としている。

 

(内政)

フン・セン首相率いる人民党が安定政権を維持してきたが,2013年7月28日の国民議会選挙で野党救国党が躍進。野党は,再選挙等を求めて国会をボイコットし,断続的にデモを行った。与野党間で協議を継続した結果、2014年7月22日に政治合意達成、8月8日に野党は昨年の議会選挙後初めて国民議会に参加した。2015年に入り,救国党員によるカンボジア・ベトナム間の国境問題をめぐる対政府与党批判の活発化により,与野党関係が悪化。10月26日に救国党議員2名に対する暴力事件が発生,10月30日にケム・ソカー国民議会第一副議長が与党人民党の動議により解任された。11月13日,サム・ランシー救国党党首に対する逮捕状が発出され、海外滞在中であった同党首は帰国しない状況が続いている。一方、政府は2016年4月に,内閣改造を行った。2017年6月の地方選挙以降、最大野党・カンボジア救国党の党首であったケム・ソカー氏の逮捕、同年11月、最高裁判所による同党の解党命令により、政治状況が大幅に変わった。これを受け2018年総選挙では、人民党が国民議会全125議席を独占することになった。

 

(外交)

日本:2013年12月に関係樹立60周年を記念し両国関係を戦略的パートナーシップに格上げ。要人往来(2013年安倍首相、2014年岸田外務大臣、2018年河野外務大臣等。2019年にフン・セン首相は23度目の来日。)

 

中国:要人往来(2013年 王毅外相、2014年 楊潔チ国務委員、2015年 常万全国防部長、2016年 習近平主席等。フン・セン首相は毎年1回以上訪中)、投資(累積第一位)、援助(大規模インフラ等の借款が中心)など中国から影響を受ける機会は多様化している。

 

タイ:2008年のプレアビヒア寺院の世界遺産登録を機に、国境問題が顕在化。2011年2月上旬に大規模な武力衝突が発生し、ASEANは停戦、両国へのインドネシア監視員の派遣等を決定(未実施)。他方で、カンボジアはプレアビヒア寺院とその「周辺地域」の帰属を巡り、国際司法裁判所(ICJ)による1962年判決の解釈を求め、2013年11月11日、判決が下された。判決では、係争地全体についての判断は示されなかったが、寺院が建っている岬がカンボジア領であることが確認された。その後、両国間の協議は進んでいないものの、情勢は安定している。

 

米国:2010年10月にクリントン国務長官が訪問。今後関与を深める方向(人権・民主主義の問題,軍事交流など)。貿易面では米国が最大の輸出相手国(縫製品)。2012年11月にはASEAN関連首脳会議出席のためオバマ大統領が訪問。2016年2月、米ASEAN特別首脳会議出席のため,フン・セン首相が米国を公式訪問。

 

ベトナム:フン・セン政権の母体の人民党とベトナムは伝統的な友好関係にある。近年、航空(カンボジア・アンコール航空)、電気通信(Metfone)、銀行、ゴム栽培、農業などでベトナムからの投資増加。2015年に入り、救国党員による二国間の国境問題をめぐる政府批判や抗議活動が活発化したものの、政府間関係は比較的安定している。

 

ASEAN:カンボジアは2012年、2回目のASEAN議長国を務め、2015年ASEAN共同体構築・加盟国間の開発格差是正等の推進・加速を提唱。南シナ海問題等で中国寄りの立場を取り、7月の関連外相会議また11月の関連首脳会議では南シナ海問題を巡り、フィリピン・ベトナムはじめ各国と対立。2015年8月の関連外相会議までASEAN対日調整国を務めた。